an operation and some earthquakes

3月11日、父の手術の日だった。
去年末に行う予定だったが、直前に心筋梗塞で倒れて延期。体力回復し満を持しての施行だった。
胆嚢の切除、胆管癌の切除、肝臓癌の高周波焼却という大手術。
手術中のいろいろなリスクや術後の合併症の可能性など全てを納得した上での父本人の強い意志で手術することになりました。
11時に手術室に入って、予定では早く終わって5時過ぎとのこと。
手術が始まったらとにかく待つしかありません。手術室は2階、病室のある5階のロビーの椅子で本を読んだりして待つ。
そんな時に今回の大地震。
建物は大きく揺れ、エレベータは非常停止し、蛍光灯が割れ、内壁が何か所もはがれおちてきました。
「この建物崩れるかも?」って思い、荷物の入ったリュックを背負い、一番丈夫だと思われるエレベータシャフトに近い場所へ移動。そして手術中の父のことを考えました。
「大丈夫、手術室は一番丈夫に出来てるはず。病院だから地下に非常電源もあるから大丈夫」
うろたえる母や妹にそう説明し、自分にもそう言い聞かせてた。
地震の第一波が収まった後、すぐに自販機で水を購入してザックに入れた。
ロビーではTVがついていてこの地震が相模原の狭い範囲ではなくて、東北から関東にかけての広い範囲の地震だと報道されてて、最初理解できなかった。しかも津波警報??浅い地震??なのにこんなに広範囲???

すぐに手術室のある2階に行ってみる。もちろん非常階段で。

手術室前にいたドクターに現在進行中の手術がどうなっているか聞いたところ、電源はちゃんとバックアップが作動しており問題なく続けているとのこと。とりあえず一安心。

その後は家族に連絡して無事を確認したり、TV報道をみたり。

そして手術はほぼ予定通りの5時ごろに終了。2階の手術室前の部屋でドクターから詳細な報告を聞きました。
胆嚢は予定通り切除、胆管癌と思われる箇所は生検の結果肝臓癌であったことが判明、切除するのではなく、もう一か所の肝臓癌の部分と同じ焼却することに変更。そして肝臓癌部位に針を刺して焼却処置の最中にあの地震があったとのこと。
地震がおさまってからも再開し焼却処置を行おうとしたのだが、何度も襲ってくる余震の影響で、ドクターもこれ以上継続するのは危険と判断し、癌細胞全ての焼却が出来なかったがお腹を閉じることとしたそうだ。

残念ながら全ての癌細胞を除去できなかったけど、こんな巨大な地震の中で手術し無事だったんだからラッキーだったんだと思いたい。それにドクター曰く「切るしかない」といわれてた胆管癌と思われる腫瘍が「他の処置もいくつかある」肝臓癌だったのは吉報。今回みたいに開腹してアブレーションするのももちろんだが、外科内視鏡でのアブレーションもできるし、ラジオ波をあててみるとか内科的処置も考えられるし。
強い父のことだからまだまだ癌と戦っていけることでしょう。

とにかくいまは術後の早い回復を願ってます。親父がんばれ!

7時過ぎに病室に戻ってきて麻酔から覚めた父にあったけどもちろん地震のことは何も知らず。
「すげー地震があったんだよ」って言ったらその場でドクターが手術中に地震で癌細胞を取りきれなかったことを説明してました。
「前回は心筋梗塞、今回は地震、とことんついてないねぇ~」
でも親父は平然として「まだ生きてるから」って。強い人だよ。

母は術後&地震が心配なので病室に泊まるとのこと。
地震の影響で電車動いていないので俺も家には帰れないので実家に泊まることに。
妹と二人で実家に帰り、TVですごいことになってる地震の状況を知って驚きました。

2011年3月11日、父の大手術と大地震。一生忘れる事のない日となりました。


今日(3月11日)の・・・
出来事:父の手術、東北関東地方に大地震
健康:いつも通り
物欲:なし
懇願:父が早く良くなります様に
運動:なし
作る:なし
聴く:シャッフルしながらいろいろ
読む:ウィキリークス、アサンジの戦争
善行:なし
懺悔:なし
良運:大地震あったけどとりあえず身内は無事。亡くなった方被災された方には申し訳ないけど…
不運:なし
仕事:休みました
買物:携帯充電器とか
飲食:なし
ToDo:いろいろ
Bucket List:追加なし