乳幼児突然死症候群


CONTENTS
◆元気な子がなぜ…家族の心に深い傷
◆うつぶせ寝で窒息?過失責任問い訴訟に
◆SIDSと窒息死,専門医も分かれる判断
◆睡眠リズムが不安定,生後半年間は要注意
◆警察官から犯人扱い,親の悲嘆に追い打ち
◆悲しみの体験を共有 家族の会で支え合う
◆うつぶせ寝巡る危険回避に細心注意必要
◆肺炎も直接の原因に,心がけたい早期受診
◆現場から全国へ情報,行政はやっと調査へ
◆育児環境との関連も,うつぶせ寝は避けて


◆元気な子がなぜ…家族の心に深い傷

乳をふくませると,生後4か月の二男は,いつものようによく飲んだ. 1993年4月の夕刻.京都市のA子さん(37)は,それが最後の 授乳になるとは思いもしなかった.
二男は眠いのか,むずかるので,居間のソファで腕枕(まくら)をした. 寝かしつけながら,うとうと自分も寝入った. ひと休みのつもりが,目が覚めたのは3時間後だった.当時3歳の長男の世話と, 二男への昼夜ない授乳で,育児の疲労はピークに来ていた. 二男は眠る前と同じように,母親の腕に頭を乗せ,あお向けになっていた. だが,様子がおかしい.口からピンクに染まった乳汁が少量,流れ落ちていた. あわてて抱き上げると,手足がだらりと下がった.「ゆうちゃん,起きなさい!」. わが子の名を絶叫しても,目を開けてはくれなかった.

◇身を切り刻まれる思い◇

救急車で病院に運び込んだが,治療のかいなく死亡が確認された. 遺体を家に抱いて帰り,布団に寝かせた. 「眠っている間に,腕や体がこの子の顔に覆いかぶさったに違いない. 私が死なせてしまったんだ」.身を切り刻まれる思いで,なきがらのそばで一夜を明かした.
過失を問われ,翌朝,警察の事情聴取を受けた.「何が原因だと思いますか」. 取調官の質問に「私が窒息させたと思います」と答えた. 続いて行われた司法解剖の結果は意外だった.「窒息ではなく,乳幼児突然死症候群(SIDS)」 SIDSは,元気だった赤ちゃんが突然亡くなる原因不明の病気だ. A子さんへの嫌疑は晴れた.それでも健康だった二男が急死した事実は受け入れられなかった. 日ごとに「あの子は神様に連れ去られた.早く取り返さなくては」という思いに取りつかれた. 夢を見た.「ゆうちゃん,ここにいるよ」.友人の知らせで駆けつけると, わが子が眠っていた.抱き上げたその顔は,餓鬼(がき)のような恐ろしい形相だった. やっとの思いで探しだした二男が,無残な姿の遺体だったこともある. 我に返ると,ぐったり疲れた.
長男の心にも二男の死は影を落としたのだろう. 「お母さんが,ゆうちゃんを死なせた」と母親にあたった. だが,長男の気持ちを察する余裕はなかった.長男のおもちゃを放り投げ, 「あなたが死ねばよかった」と暴言を浴びせた.それを激しく後悔し,自分を責めた. 何度,自殺を考えたことか.家の中から笑いが消えた. 当時の日記に「世の中すべてが悪い方に回っている.子供を死なせた母親に, よいことなど起こらない」とある.

◇生まれ変わりが欲しい◇

「次の子を産もう.そうでないと立ち直れない」.一昨年1月に三男を出産した. 突然死を繰り返さないよう,名古屋の小児科専門医に毎月通って話を聞くうち, 二男が病死だったと少しずつ理解できるようになった.
それでも,生まれ変わりが欲しいと思った.今年3月に生まれた四男. 「二男と同じ顔の子を」との願いはしかし,かなうべくもなかった. 「もう,あの子は戻ってこない」.やっと,あきらめがついた時, 二男の死から4年が過ぎようとしていた.
今でも毎朝,位はいに手を合わせる時は「ごめんね」と心でわびる. 「これは一生続く」とA子さんは思う.

赤ちゃんの突然死は,原因が十分解明されていないうえに, 家族の心にも深い傷を残す.その死をどう防ぎ,悲嘆に沈んだ心をいかに癒(いや)すか考える. (田中 秀一)


◆うつぶせ寝で窒息?過失責任問い訴訟に

赤ちゃんが病院や保育所などで急死した場合, その原因や責任を巡って訴訟になることが少なくない.
神奈川県の主婦櫛毛(くしげ)富久美さん(37)は1993年2月, 産婦人科医院で二女を出産した.体重約3300グラム, 産声の大きな元気な赤ちゃんだった.
【生後1日で二女が急変】

翌日深夜,二女は新生児室で急変する.助産婦がミルクを飲ませた後, うつぶせでベッドに寝かせた.それから2時間半後, 別の看護婦がおむつを換えに行ったところ,顔が暗い紫色になっており, 既にこと切れていた.わずか20数時間の命だった.
司法解剖の結果は「窒息死と推定される」だった. 「うつぶせ寝による鼻口閉鎖」,つまり寝具などで鼻や口がふさがれたのが原因とされた. 櫛毛さんが二女の死を知ったのは三日後だった. 「ショックを受けるから」という夫の強い要望で,医院側が伏せていた. 二女を一度だけ抱いた時の「柔らかくてあったかい」感触が,今も両手に残る. ただ「一度も授乳できなかったのが心残り」と言う. 死後に「菜穂」と名づけ,出生届と死亡届を同時に役所に提出した.
「申し訳ありません」と当初は謝罪した医院側は,解剖の結果に納得しなかった. 厚生省研究班が出したSIDS(乳幼児突然死症候群)の診断ガイドラインに 「単にうつぶせ寝にしただけでは,鼻口閉鎖による窒息死が起きるとは考えがたい」 とあるからだ.半年後,遺族に文書で「死因はSIDS.当院に過失はない」と伝えた.
「最初は謝っていたのに」.櫛毛さん夫妻は「死因は窒息」と, 医院側の過失責任を問う訴訟に踏み切った. 菜穂ちゃんが寝かされていたベッドは,マットレスの上に毛布,防水シーツ, さらに普通のシーツを敷き,顔の部分には布おむつを八つ折りにたたんで 枕(まくら)代わりにしてあった.
【医院側はSIDS主張】

解剖結果を再鑑定した佐藤喜宣・杏林大教授(法医学)は 「うつぶせ寝にするなら,ベッドはアイロン台の硬さとし, 枕や通気性の悪いシーツは使用すべきでない」としたうえ, 「これでは赤ちゃんの顔が寝具に沈み込む可能性が大きい. 死因は窒息とみるのが妥当」と指摘する.
これに対し,被告側は「窒息した客観的証拠はなく,SIDSと考えられる」 という別の専門家の意見書を提出,全面的に争っている.
菜穂ちゃんの死後,医院ではベッドに敷いていた毛布をキルティング素材の布に換え, 防水シーツも使わなくなった.ただ,おむつをたたんだ枕は 「吐いたミルクなどを吸収するので必要.危険はない」と使用を続けている. 院長は「私も真実を知りたい.裁判でも『枕は良くない』とされたら改める」と話す.
院長は「この問題の後,うつぶせ寝でSIDSが起きやすいと知り,今はしていない」と言う. 櫛毛さんも,同じ体験をした親たちと「うつぶせ寝を考える会」を結成, 危険性を訴える活動を始めた.この点だけは,原告,被告の考えが一致する.
乳幼児の突然死を巡る訴訟は,20件以上ある.それらの記録を調べた櫛毛さんは 「うつぶせ寝で窒息しないと考える医師は,どんな例でもSIDSと鑑定している」 と気づいた.佐藤教授は「診断基準がなきに等しい状態」と嘆く.
櫛毛さんの訴訟は29日に判決が言い渡される.


◆SIDSと窒息死,専門医も分かれる判断

【保育所で長女が死亡】

「娘の死をむだにしたくない」.千葉県松戸市の小学校教員,森岡広茂さん(51)夫妻は, そう思って始めた裁判を20年間,闘い続けている.
長女真理子ちゃんが亡くなったのは,生後9か月だった1974年2月. 妻の綾子さん(50)も教員で,仕事を続けるため, 市役所に紹介された無認可保育所に預けていた.
真理子ちゃんは昼寝の際,布団にうつぶせに寝かされ, 見つかった時は顔を真下に向け,乳児用の布団に押しつけるようにしていた. 布団に敷いたバスタオルが顔の周りでくしゃくしゃになっていた. 司法解剖では,鼻や口がふさがれ窒息死したと鑑定された. 経営者は業務上過失致死罪で略式起訴され,罰金刑を受けた. 経営者が刑事責任を認めたことになる.
この保育所は昼休みに保母が不在になるなど,保育体制がずさんだったとして, 森岡さん夫妻は1977年,保育所に補助を出していた市や経営者などを相手に, 損害賠償を求める訴訟を起こした. 一審では,死因は窒息と認められ一部勝訴.ところが,二審の東京高裁は 「死因はSIDS(乳幼児突然死症候群)」とし,請求を退けた.逆転敗訴だった. 一審判決は,遺体を解剖し,窒息と判断した医師の鑑定がよりどころになったのに対し, 二審では「9か月の子供は,うつぶせでも窒息しないよう危険を回避できる」 などとする別の専門家の鑑定が重視されたと見られる.審理は今,最高裁で続いている.
【小児科医と法医学者】

一,二審で判断が揺れたのは,専門医の間でも,窒息やSIDSについて認識に 大きな隔たりがあることに原因がある. それは特に,赤ちゃんの診療にあたる小児科医と, 遺体を解剖して最終的に死因を判定する法医学者の間で著しい.
「うつぶせ寝で真下を向いて死んでいたからといって,柔らかい布団でない限り, 窒息とは考えないのが,欧米の専門家たちの見解.乳児が顔を動かし, 布団のわずかなすき間からでも呼吸できる」. 名古屋市立大の戸苅創(とがりはじめ)・助教授(小児科)は,そう説明する.
これに対し,同大の的場梁次教授(法医学)は 「布団の硬さにもよるが,顔が真下を向いていたら,私たちは窒息と判断する」と逆の見方をする. 「布団とのすき間から呼吸できたとしても, 低酸素状態が続いて窒息につながるのではないか」という.
SIDSと窒息の区別が難しいのは,解剖しても,肝臓など臓器に血液がたまってできる 斑点(はんてん)(うっ血点)といった特徴が共通しているからだ. このため,同じ症例でも小児科医はSIDS,法医学者は窒息と見る傾向がある. バラバラな現場の実情をどうするか.専門医らが集まる日本SIDS研究会は, 小児,法医,病理の医師で症例検討会を作り,的確な診断のあり方を話し合っている. その委員でもある的場教授と戸苅助教授は 「考え方の違いは確かに大きい. しかし,解剖もせずに死因を判定することが多い日本では, 診断結果が疑わしいものも少なくないので,考え方のすり合わせは重要」 という意見では一致する.
法医学の医師の間でも診断が分かれることは多く, 法医学の専門医で作る文部省研究班が,診断のガイドライン作成を進めている.
森岡さんらが長い裁判を闘わなければならなくなった一因も, 突然死の診断を巡る医療現場の混乱にある.診断基準を作ることが急務だ.


◆睡眠リズムが不安定,生後半年間は要注意

【半数以上がSIDSで】

元気だった赤ちゃんの命を奪うSIDS(乳幼児突然死症候群)とは,どんな病気なのだろうか.
厚生省研究班の定義では,それまでの健康状態や既往歴から全く予想できず, 死亡時の状況や解剖によっても原因が分からない場合を指す. 聖書にもSIDSと思われれる乳児の突然死の記載があり, 古くからあったことがうかがわれる. 先進諸国では現在,乳幼児の死亡原因のトップを占めている.
中山雅弘・大阪府立母子保健総合医療センター検査部長らが, 突然死した2歳以下の子供288人の死因を調べたところ,54%がSIDSだった.
中山部長によると,日本では赤ちゃん2000人に1人の割合で起きる. 厚生省が1995年に初めてまとめた統計では約530人だった. 生後2か月から5か月までに多く, 1歳以降ではまれだ.男児の方が女児より7割ほど多い. 母親が妊娠中に喫煙していた場合も増えるとされる.
うつぶせ寝と関連がある,とするデータは多い. オランダでは1970年代,うつぶせ寝が奨励されたのと並行してSIDSが急増. うつぶせ寝をやめるキャンペーンでSIDSは約40%減少した,と1990年に報告された. ニュージーランドでは,うつぶせ寝にしない, 妊娠中や子供のそばでは喫煙しない,子供を厚着などで暖めすぎない, 母乳で育てる -- という内容のキャンペーンにより, SIDSがほぼ5分の1に, イギリスでは半減した.イギリス厚生省やアメリカ小児科学会は, うつぶせ寝をやめるよう勧告している.
日本でも,SIDSで亡くなった子供の約8割は,うつぶせ寝だった. あおむけ寝でも起きるため,厚生省研究班は慎重に検討しているが, 「うつぶせ寝は突然死の危険を高める.やめるべきだ」と考える専門家も少なくない.
【神経系の発達と関連?】

SIDSの原因はよく分かっていない. しかし,瀬川昌也・瀬川小児神経学クリニック院長(東京)は 「3,4か月の子に最も多いことと,睡眠時に起きることにカギがある」と話す.
健康な子供でも,睡眠時には数秒から十数秒の無呼吸状態が起きる. 眠りには,眼球が動いたり夢を見たりするレム期と, それ以外のノンレム期があり,無呼吸がレム期に起きても自動的に回復する. 一方,ノンレム期に起きると自律神経系の反射で呼吸が再開するが, この反射が起こらないと回復が困難になることがあり,危険だという.
睡眠の神経機構,特にノンレム期の自律神経の反射の仕組みは, 生後4か月ごろまでに完成するが, それまでにノンレム期にトラブルが起きると致命的になる.
国立精神・神経センター神経研究所の高嶋幸男・疾病研究第二部長は, 無呼吸状態からの回復の遅れは呼吸をつかさどる 脳幹部の神経細胞の発達が未熟なためだろうと見る. ただ,それが慢性的な酸素不足状態の結果なのか原因なのかは, はっきりせず,今後も研究が必要という.
睡眠機構の発達には,脳の成長過程に重要な役割を果たす 脳幹アミン神経系と呼ばれる神経系がかかわっている.この神経系の発達には, 昼夜の区別を明確にした生活リズムを乳児期の早い段階で身につけることが欠かせない.
高嶋部長は「生後半年までに,昼間は起き,夜は眠るリズムをつける,暑いところに寝かせない, 風邪をひかせない,なるべくうつぶせ寝にしない,といった注意が大切」と話している.

〈関連情報〉

◇大阪府立母子保健総合医療センター
〒590-02 大阪府和泉市室堂町840
電話:0725-56-1220

◇瀬川小児神経学クリニック
〒101 東京都千代田区神田駿河台2-8
電話:03-3294-0371


◆警察官から犯人扱い,親の悲嘆に追い打ち

「あんたが目を離したすきに赤ちゃんが死んだんだ.罪に問われるんだよ」 刑事の言葉は,千葉県松戸市の主婦奥田美紀子さん(37)の胸に深く突き刺さった. 1993年8月の夕,奥田さんは,生後3か月の三男希生(のぞむ)ちゃんを, 畳に敷いた布団にあおむけに寝かせた.目を覚ましているが,機嫌よくしている. 「すぐ戻るからね」と,実家でもらった枝豆のおすそ分けに近所へ出かけた. 20分余りで家に戻ると,希生ちゃんは布団から畳の上に乗り出し, 顔を真下にしてうつぶせになっていた. この日朝に初めてできるようになった寝返りを, 母親のいない間に打ったらしい.
「何してるの!」.抱き上げると,手足がだらんと下がり, 息が止まっている.人工呼吸を試みても反応がなく, 救急車で病院へ向かった.だが,救命することはできなかった.
◇経済状態など追及◇

すぐに病院を訪れた刑事に「罪に問われる」と言われた. 畳に突っ伏していたわが子の様子から,奥田さんも死因は窒息だと思った. 「そう言われても,仕方ないことをしてしまいました」.思わず刑事にそう答えた.
医師の説明を聞いて治療室から出てきた夫は,意外なことを言った. 「希生は突然死なんだそうだ.SIDS(乳幼児突然死症候群)だ」 しかし,現場検証のため自宅に戻ると,再び刑事の追及を受けた. 「保険金いくらかけたの」「貯金はどのくらい?」 夫婦仲や子供との接し方などについて, 別の刑事が近所で聞き込みしていたことも後に分かった. 「私は犯人として扱われていたんだ.私が死なせたんだ」. この思いは動かしがたいものになった.
夫が「病死だった」といくら説明しても, 「私をかばうために言っている」としか思えなかった. 火葬の前も,わが子を抱くことはできなかった. 「罪深い母親には許されない」と思ったからだ. 「さよなら」を言えなかったことは,後々まで尾を引いた.
それから食事はのどを通らず,安眠できる日はなかった. 遺骨を抱いては「ごめんなさい」と号泣した.
転機が訪れたのは9か月後.子供を突然亡くした親のグループ「SIDS家族の会」 に入った.同会の協力者である小児科医師が, 偶然にも希生ちゃんが収容された病院に勤務しており, 「私が死なせたのではないですか」と疑問をぶつけた.
死亡診断書などを調べ直した医師は「SIDSですね.赤ちゃんでも, 畳に顔を押しつけて窒息することはありません」と明快に否定した. 子供を亡くした時,病院で医師から直接, 死因などについて説明を受けていなかった. 初めて医師の話を聞き,心に負った荷が軽くなった.
同じ体験をした親の相談相手として活動を始めるうち, 警察で取り調べを受け, 子供の保険証書や預金通帳を押収された人もいると知った.

◇不十分な精神面のケア◇

病院以外の場所で原因不明の死者が出た場合, 捜査をするのは警察の役割だ.だが,奥田さんは 「わが子を亡くした親の気持ちに配慮してもらいたい」と強調する.
子供が収容された医療機関でも,両親に対して十分な説明をしないなど, 精神面のケアが欠けている場合が少なくない. 同会は警察や消防,医療機関などに,親との接し方を解説したパンフレットを配り, 理解を求めている.

[SIDS家族の会が作成した「心のサポートのためのガイドライン」(抜粋)]

【医師へのガイドライン】

・両親が子供に対する責任を感じ,心を痛めているかもしれないことを忘れないでください
・両親ができるだけ子供のそばにいられるように努めてください
【警察官へのガイドライン】

・(捜査の際)両親に落ち度があったはずだと決めてかかる態度は, 両親の心に深い傷を残しますから,避けなければなりません
・情報収集はできる限り気を使ってください. 両親はあなたの質問を長いこと覚えていて, 精神的な立ち直りに大きな影響を残すからです

<関連情報>

◇SIDS家族の会
〒150 東京都渋谷区神宮前5-53-1
こどもの城11階 母子衛生研究会内
電話:03-3499-3111


◆悲しみの体験を共有 家族の会で支え合う

横浜市のM子さん(43)は1990年8月,生後1か月の三女を亡くした.
明け方に授乳し,二時間ほどで目が覚めると, 両親に挟まれ川の字になり,あおむけで眠っていたように見えた三女は,既に息がなかった. 解剖の結果,SIDS(乳幼児突然死症候群)と分かった. 健康な赤ちゃんが突然亡くなる原因不明の病気だ. それまで母乳を飲んだ後,よくむせるのが気になっていた. 今思えば死因に関係ないが,当時は「なぜもっと早く病院に連れていかなかったのか」 と激しく悔やんだ.
それから2年ほどは心身の異常が続いた.人込みに出ると急に不安になり, 買い物にも行けない.体がカーッと熱くなり,その場で倒れたこともある. 夜は「上の2人の子たちも急に死んでしまうのでは」と恐ろしかった.
3年前,子供を突然亡くした親たちで作る「SIDS家族の会」に入った. 「同じ経験をした人の力になりたい」という理由からだ.

【苦しい思いため込む】

同会は,ミーティングで体験を話し合ったり, 過去に子供を亡くした「ビフレンダー(友となる人)」 と呼ばれる会員が相談に乗ったりする. M子さん自身もミーティングに参加し,苦しい思いをため込んでいたことに気づいた. 自分の経験を話し胸の内を吐き出すうち, 「もう自分の気持ちは落ち着いたと思っていたが, そうではなかった.癒(いや)されたのは私の方」と実感した. 現在,ビフレンダーとして活動する.
同会の広報を担当する堀田匡哉(まさや)さん(37)は 「赤ちゃんを亡くすと,周囲の人は子供の話を避けようとするが, 静かに両親の話を聞くことは大切.ただ『上の子がいるじゃない』 といった励まし方は逆効果になる」と話す.
会長を務める福井ステファニーさん(38)は,1986年に米国シカゴで 長女を死産した.泣き暮らしていると,1週間後に現地の 「家族の会」から電話があった. ミーティングに参加し,体験を聞いて 「悲しんでいるのは自分だけではない」と知った. 「感情を表に出すことで楽になったが, 赤ちゃんの死は一生忘れないし,1年半は毎日涙を流した. それでも立ち直るには,子供がいない現実を受け入れなくてはいけない. 少しずつ『さよなら』するのに,家族の会に助けられた」
来日後の1988年,同じ体験をした母親とグループを作った. 1993年,厚生省のSIDS研究班長を務める仁志田博司・東京女子医大教授の勧めで 「家族の会」を結成した.会員は現在,370家族.
同様の会は,20年ほど前から英,米,オーストラリアなどで発足し, 22か国にある.子供を亡くすと,医師が会を紹介するなど, 両親を精神的に支える仕組みができている国が少なくない.

【日本のシステム不十分】

SIDSに関する問題をまとめた「ゆりかごの死」の著者, 阿部寿美代さんは「米国などでは検死体制が確立し, SIDSと分かると医師が十分に説明, 家族の会から遺族に連絡が来て両親のサポートもスムーズに行われる. 日本では解剖もあまりされず, 診断自体が混とんとしているうえ,家族を支えるシステムも十分でない」 と話す. 家族の会は,突然死を減らすことにも力を入れており, あおむけ寝で育てる,暖め過ぎない,妊娠中や赤ちゃんのそばでたばこを吸わない, なるべく赤ちゃんを1人にしない,母乳で育てる -- ことを提唱している.

〈関連情報〉

◇SIDS家族の会
〒150 東京都渋谷区神宮前5-53-1
こどもの城11階 母子衛生研究会内
電話03-3499-3111


◆うつぶせ寝巡る危険回避に細心注意必要

◇窒息とSIDSの例◇

保育所に初めて預けたわが子が,そのわずか2時間後に亡くなるとは…… 神戸市の松井繁さん(42),やよいさん(37)夫妻は,今も信じられない思いでいる. 音楽教室を開くやよいさんは,1995年4月19日午前10時ごろ, 生後4か月の長女まどかちゃんを民間保育所に預けた. 市が育児援助のために委託した一時預かりの制度. この年1月の阪神大震災で自宅が全壊するなど被災, 出産で中断していた仕事を早く再開する必要があった.
保育所の説明では,午前11時ごろ,まどかちゃんをうつぶせにベッドに寝かせた. 授乳のため正午に起こそうとしたところ, 顔を真下に向けて亡くなっていた.解剖の結果, SIDS(乳幼児突然死症候群)と推定された.
それまで自宅では,まどかちゃんをうつぶせ寝にしたことがなく, 保育所がうつぶせ寝の方針であることも知らなかった. やよいさんは「家庭の事情や子供の 個性をなぜもっと考えてくれないのだろう」と疑問に思った.
保育上の過失を問い,経営者や市を提訴.被告側は 「SIDS」との鑑定結果を根拠に責任を否定している. 「死因が窒息でもSIDSでも,きっちりした保育をしていたかを知りたい. うつぶせ寝にするなら,硬いベッドなど安全な寝具を使う, 常に子供の様子を観察する,といった対策をしていたのかどうか」 とやよいさんは話す.
東京都内の産婦人科医院では1987年7月, うつぶせ寝をしていた2人の新生児が一晩に相次いで死亡した. 埼玉県坂戸市の韮沢(にらさわ)潔さん(41)の二男雄揮(ゆうき)ちゃんは, この医院で生まれた2日後の明け方,院内で亡くなった. 新生児室のベッドでうつぶせで寝かされていた. 「何か先天的な異常があったのか」という韮沢さんの漠然とした思いは, 隣のベッドで寝ていた生後3日の女児も同じ晩に亡くなっていたと知った途端,一変した. 「これはおかしい」.警察に届け,司法解剖の結果, 二人ともうつぶせ寝で窒息したと判定された. 医院には11人の新生児がいたのに, 当直の看護婦は1人だけだった. 韮沢さんら2家族は医院を訴え,医院側が 「事故は遺憾だった」と事実上,責任を認め,和解した. 解剖にあたった杏林大の佐藤喜宣教授(法医学)は 「ベッドの中央部がへこみ,おむつでへこみをカバーしてあった. これでは窒息の危険は避けられない」と振り返る.

◇実施には条件付きで◇

うつぶせ寝を巡って繰り返されるトラブルをどう考えたらよいだろう. 東京都杉並区の杉山四郎・杉山産婦人科医院長は1987年から, 生まれた赤ちゃんをうつぶせ寝にしている. 「よく眠る,体形が良くなる」などが理由だ. ただし,条件がある.硬い布団を使い, シーツはピンと張る,まくらは使わない, ベッドの中には縫いぐるみなど物を置かない, 赤ちゃんの動きをよく見る,など.同医院の新生児室には常に2人の看護婦が詰め, 目の行き届かない夜間はあおむけ寝にする.
杉山院長は「条件を守らないと,うつぶせ寝は危ない」とくぎを刺す. しかし,家庭では赤ちゃんから目を離さないことは難しい. 佐藤教授は「家庭ではうつぶせ寝はしない方がよい」と言う.
松井さん夫妻は,同じような体験をした親たちと 「うつぶせ寝を考える会」を作り,インターネットでホームページを開くなど, 情報提供する活動をしている.


◆肺炎も直接の原因に,心がけたい早期受診

「翔(しょう)ちゃん,こっちだ」.横浜市の建築会社経営山本壌(じょう)さん(40)の自宅で, 歩行器に乗った長男翔三君(5つ)は,手招きする父親に向かっていく. 赤ちゃんのころ,入院中に起きたトラブルがもとで, 自力で歩くことができない.リハビリの日々が続く.

【呼吸停止で後遺症】

生後2か月だった1992年1月,翔三君は気管支炎を起こして入院した. 5日目の午前中,授乳してベッドにうつぶせで寝かされた後, 真下を向いて呼吸が止まっているのを, 回診に来た医師に発見された. 人工呼吸など懸命の手当てで息を吹き返したものの, 後遺症で手足や言葉の障害が残った. 医師は「ミルクを吐いて気道に詰まらせたための窒息です」 と説明した.カルテにも同様のことが書かれている. ところが,3か月後に転院した際,紹介状にあった病名に驚いた. 「SIDS(乳幼児突然死症候群)のニアミス」. SIDSは元気だった乳幼児の呼吸が突然止まる病気だが, ニアミスは死に至らなかった場合を指す. 「SIDSを免罪符にするつもりだろうか」. この病院に看護婦として勤務していた妻妙子さん(33)は強い不信を覚えた. 病院側との話し合いでの「裁判をなさるならどうぞ」という医師の言葉で, その思いは決定的になり,病院を訴えた.

【SIDS診断に疑問】

ある小児科専門医は「SIDSは健康な赤ちゃんにつける診断. 入院が必要なほどの病気があった時につけるのは不適当」と指摘する. 山本さん夫妻も別の専門医による同様の趣旨の意見書を裁判所に提出し, 「気管支炎のため吐きやすかったことが窒息につながった」と主張する. 病院側は「気管支炎は正常に近いほど回復していた」と反論している.
翔三君は,呼吸停止のトラブルのあった前日まで, 呼吸する時にヒューヒューという喘鳴(ぜんめい)や,おう吐を繰り返し, この日早朝も飲んだミルクを全部吐いていた. これが「回復」状態に当たるかどうか,争点の一つになる.

乳幼児の場合,肺炎などの感染症は突然死の 直接の原因になることも少なくない. 大阪府内の保育所で死亡した10か月の女児. その日は午前中からぐずっていた.昼食やおやつは食べたが,機嫌が悪く, 熱は37.2度.夕方,うつぶせで寝かせた1時間後に亡くなっていた. 解剖の結果は「出血性肺炎」.気管支の先端にある肺胞の中に出血し, ガス交換ができなくなる状態だ.
大阪府堺市の山上佳代子・耳原南花田診療所長(小児科)は 「様子がおかしいと感じたら,医師の診察を受けることが大切. 子供が病気の時に親が看護休暇などをとりやすくする社会の仕組みも求められる」と話す. ただ,このケースでは熱もそれほど高くなく, 見た目には重い症状がなかった.中にはほとんど何の症状もなく, 事前に診察を受けたとしても診断が難しい場合がある.
府内の別の保育所では,2か月の男児が, うつぶせで昼寝を始めた5時間半後,死亡しているのが見つかった. 原因は「間質性肺炎」.直前まで熱はなく,せきもしていなかった.
日本法医学会の調査では,肺炎はSIDSや窒息とともに 乳幼児の突然死の大きな原因となっている. 山上所長は「肺炎などに感染していると,うつぶせ寝の時に窒息しないよう 首などを動かす運動能力が落ちている可能性がある.うつぶせ寝は勧められない」 としている.

<関連情報>

◇耳原南花田診療所
〒590 大阪府堺市南花田町1693-1
電話:0722-52-1507


◆現場から全国へ情報,行政はやっと調査へ

◇保育のプロの自責◇

広島市で託児所(無認可保育所)を営む中村徳子さん(38)は, 預かっていた子供が亡くなり,強い自責の念にかられた. 「保育のプロなのに,SIDS(乳幼児突然死症候群)の知識がほとんどなかった」 1995年7月,4か月の男児が,託児所のベビーサークルで眠っている間に亡くなった. この日午前11時過ぎにうつぶせで寝かせ,異変に気づいたのは午後1時ごろだった. 警察に厳しく事情を追及され,殺到した報道陣にも責められた. 3週間後,司法解剖の結果,死因はSIDSと分かった.原因不明の病気であり, 一般的には保育所が過失責任を問われることはない. だが,やり場のない両親の怒りは解けなかった. 「なぜ長時間,気がつかなかったのか.(子供を)見ていなかったのではないか」. 後日,わが子の亡くなった場所を訪れた父親に言われ,返す言葉がなかった.
中村さんには,小学5年の長女を頭に4人の子がいる.3番目の子を出産した時, 上の子たちを生協のボランティアに預かってもらった経験から, 1991年,自宅を開放し託児所を開いた.「人に喜ばれる生き方をしたい」という思いからだった. 男児の死で自信をなくし,託児所の閉鎖も考え悩んだが, スタートした時の気持ちは変わらなかった. 利用者の母親や子供たちのためにも,仕事を続けたいと思った. まずSIDSについて情報を集めた. うつぶせ寝や子供の温めすぎなどが発症の危険因子とされている. 「私にもっとSIDSの知識があったら」 「定期的に呼吸の確認をしていたら」「すぐに気がついていたら」. そう考えると胸が締めつけられ,「SIDSだから仕方なかったとは思えない」と, 保育のプロとしての自分自身の責任を痛感した.
部屋をいつも適温に保つため,エアコンを増設した. 昼寝の時はあおむけ寝にし,タイマーをセットして10分おきに子供の呼吸を確認するとともに, 予防の意味で子供の体に触れ刺激するようにした.
他の保育所からの問い合わせも来るようになった. 話を聞くと,SIDSについてどう対処すべきか分からず, 強い不安感を持っている保育者が多かった. 欧米のデータで危険因子などが明らかにされているのに, 行政からは保育の現場に何の情報も届いていないのだ. 昨年2月,遺族との話し合いが終了した. 「子供の死を忘れないで欲しい.むだにしないで欲しい」. 母親に言われたこの言葉が,胸の奥深くに響いた.

◇ホームページも開設◇

どうすれば,その思いにこたえることができるか. 中村さんの答えは,SIDSの予防活動をすることだった. 予防情報を全国の保育所などに発信するため, 男児の死の経緯,自分自身の「責任」をあえてつづり, 「うつぶせ寝をやめる」といった予防法をまとめるとともに, SIDSに関する文献,救急,保険の情報リストを作成した. インターネットのホームページも開設した.
これまで全国から400件以上の問い合わせがあり, 保育の現場がいかに情報を求めているか痛感した. なぜ行政は,保育者や家庭にSIDSの情報を伝えないのか,中村さんはいぶかしく思う.
厚生省は今年度,うつぶせ寝と突然死の関連などについての 実態調査にようやく着手する.

〈関連情報〉

◇SIDS予防情報のホームページは http://www.alles.or.jp/~mammy
◇中村徳子さんの託児所「託児ママ マミーサービス」
〒731-01 広島市安佐南区相田3-60-3
電話:082-878-9219


◆育児環境との関連も,うつぶせ寝は避けて

シリーズのまとめとして,仁志田博司・東京女子医大母子総合医療センター教授 に赤ちゃんの突然死について聞きました.

――SIDS(乳幼児突然死症候群)はどんな病気ですか.
赤ちゃんの突然死のうち,解剖や死亡状況の調査でも原因が分からない疾患です. この病気には,〈1〉乳幼児の死亡原因の中でも特に多い 〈2〉窒息との判別が難しく,裁判で争われることが多い 〈3〉子供を亡くした家族の精神的打撃,という三つの側面があります.

――患者数や原因はどうですか.
日本では2千人に1人,年間約600人で,乳幼児死亡の約4分の1です. 生後3,4か月に最も多く,8割は6か月までに起きます.
眠っている間に10秒以上の無呼吸が起きた時, 呼吸を回復させる呼吸中枢の反応が遅れるためではないかと見られています. 人間の赤ちゃんが持つ未熟さによる宿命と考えられます.

――窒息との区別はなぜ難しいのですか.
解剖しても両者を鑑別する決め手となるような特徴ある所見がないからです. ただ,外的要因によって呼吸できなくなる窒息と違い, SIDSは赤ちゃん側の原因(内因)で呼吸しなくなるので,通常は苦しんだりしません.

――診断に疑問のある場合が少なくないようですが.
SIDSと診断されたものの中に窒息がまぎれこんでいたり, その逆もあるのは事実です.診断には解剖が必要なのに, 解剖率は1〜2割に過ぎないことが一因です. 解剖の際,どのような検査をすべきか国際的なマニュアルもありますが, 現場ではまだバラつきがあります.

――医師によって診断の考え方の差も大きいですね.
法医学者が見ると窒息,小児科医ならSIDS,とよく言われます. しかし,専門医の研究会で,その溝は次第に埋まってきました. SIDS,窒息のそれぞれの特徴を学問的に見いだせるか,検討しています.

――正しい診断のため,どんなことが必要ですか.
病院以外で突然死した2歳以下の子供については解剖を義務づけ, 決められた専門医が基準にのっとり鑑定することが大切です. SIDSを責任逃れの口実に使ったり,逆に良心的な病院や保育所が 「窒息死させた」と訴えられたりするのを防ぐのに必要なシステムです. ベルギー,オーストラリア,ニュージーランドでは,こうした体制をとっています.

――予防法はありますか.
決定的なものはありません. しかし,うつぶせ寝,赤ちゃんの暖め過ぎ,母親の喫煙,母乳か人工乳かなど, 育児環境が関係していることは確かです. イギリスでは母親が喫煙者の場合,発生の恐れが二倍以上になるという報告もあります. うつぶせ寝をやめることでSIDSが減る ことを欧米のデータが示しており, 育児環境の中では最も関連があるようです.

――政府や学会がうつぶせ寝をやめることなどを呼びかけている国もあります. 日本でそういう動きがないのはなぜですか.
専門医の考えが必ずしも一致していないことなどが理由です. しかし,一般の方が知識を持つことは大切で, うつぶせ寝にしない, 妊娠中や赤ちゃんのそばではたばこを吸わない,厚着にしすぎない,赤ちゃんを一人にしない といった注意をすれば,SIDSを減らすことができると思います. 母子健康手帳にそうした情報を載せることが望ましいでしょう.

――家族のサポートについてはどうですか.
わが子を亡くした両親への精神的援助は医師だけでは不十分であり, 同じ経験をした人で作る「SIDS家族の会」の役割は重要です. 警察,救急隊,医療関係者ら両親に接する人にも,家族への十分な配慮が求められます.

(田中 秀一)
[にしだ・ひろし]
1968(昭和43)年,慶応大医学部卒.北里大小児科講師, 東京女子医大母子総合医療センター助教授を経て1988年から現職. 日本新生児学会理事,日本周産期学会常任幹事など.厚生省SIDS研究班長を務める.


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